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ストリートピアノという表現手段 [ストリートピアノ]

クラシックのピアニストのストリーピアノの演奏が動画で見ることができる。
近藤由貴については、国内各地のストリートピアノだけでなく、海外(特にフランス)でのストリートピアノの演奏がYoutubeで聴ける。
正直この人は凄い。弘法筆を選ばずの格言どおり実践している。
彼女は、ピアニストとして左程有名ではない。
しかし、少なくとも、上手いか下手かだけの尺度以外の評価が彼女には当てはまる。
【海外ストリートピアノ 総集編】フランスの駅ピアノ巡りしたら、人々がすごかった! ピアニスト近藤由貴/Street Piano in France, Yuki Kondo
他にも凄い、ストリートピアニストがいる。
【藝大首席卒75才】ピアノおばあちゃんの本気ストリートピアノがすごい!(3の2)
Nocturn Op.9 No.2 by Chopin 【藝大首席卒75才】
学校帰りに『幻想即興曲』弾いた女子高生がヤバすぎるww【 ショパン / 幻想即興曲 / Chopin / Fantasie Impromptu / Op.66 / ストリートピアノ 】
ホストクラブに貢ぐ女の子に貢ぐおじさんがたくさんいるそうだが、どうせ貢ぐなら、正々堂々たる演奏を続ける潔いストリートピアニストに貢ぎたいところである。

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早期退職 生き方としてのメリット [懐古録 余生]

雑誌、新聞などで一人の人間の生き方の選択肢として、早期退職が語られるケースが増えた。
企業側は、経営者が必ずしも有能とは思えない人たちであるのにもかかわらず、中高年を能力や実績で評価せず、例外なく不要な存在と見なす傾向にあり、60歳を過ぎて再雇用する人に対する(実態的に現役時代と同一労働なのに)現役時代の半分以下の賃金設定が続出していることなどにより、(潜在的なケースを含め)早期退職志願者が増えているように思う。
実は、私は早期退職者である。
会社の最初の早期退職募集に応募し、その後、十数年一度も働くこともなく、年金生活に入った。
さて、「名曲三〇〇選」(吉田秀和)の巻末にて、片山社秀は、音楽評論家である吉田秀和の生き様を次のように評している。
……………………………………………………… 
吉田さんは、若い頃には役所や学校に勤めもした。その後、引き受けている役職だってある。
けれど、もうずいぶん長いあいだ、誰かに一方的に使われず、組織に縛られず、人の顔色を窺わずに、生き続けてこられた人なのだ。自らの独立を守り、こつこつと原稿を、それも相手に魂を売らうに書いて生き、そのようにして暮らしてゆく立場を侵害されそうになれば、敢然と戦う。まさに絵に描いたような市民なのである。他人にこきつかわれて暮らす平民とも、霞を食って生きている遊民とも違う。
そういう市民である評論家が擁護するクラシック音楽は、平民派や遊民派とは自ずと違ってくるだろう。遊民派の好む、地に足のついていなかったり、分かりにくくて新しがるばっかりのアクロバットを拒み、平民派の好む、短くて分かりのよい直情径行な音楽や、単純な繰り返しに満ち、そんなにアタマを使わずに身を任せていられる音楽を退ける。
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音楽評論家吉田秀和の生涯は以下にて。
吉田秀和
組織に依存せず、組織に縛られず、好きなことをやりつつ自由にモノが言えることは、言論活動上とても重要なことである。
もちろん、自由にモノを言うのに際して、たっぷりある時間をどう有効に使うかという大前提があることは無視できない。
人生は時間との戦いである。残された人生における時間の価値を知れば知るほど、早期退職して良かったと思っている。
対照的に、政治動画の世界では、たったの5分で済むことを1時間たっぷり視聴者を引きずり込む政党関係者がおられる。皇室問題をテーマに選び酒を飲みつつチビリチビリ問題提起される方もおられる。この方、元共産党員で今は保守に転向したとしている。言論作法的に日本会議的発想で言うと、皇室を貶める目的での言論活動と思いつつあるところである。

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